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東京地方裁判所 昭和29年(ヨ)4032号 決定

申請人 石井貞夫

被申請人 カツシカ自動車工業株式会社

主文

被申請人が申請人に対し昭和二十九年五月五日なした解雇の意思表示の効力を停止する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

一、申請の趣旨

主文同旨の裁判を求める。

二、当裁判所の判断の要旨

(一)  被申請人会社(以下単に会社ともいう)が自動車の修理整備等を目的とする株式会社であり、申請人は昭和二十六年二月来会社に雇われ修理工として勤務してきたこと、会社にはその従業員をもつて組織する葛飾自動車工業労働組合があり、申請人は昭和二十九年三月初旬来その副委員長であること、会社は昭和二十九年五月五日申請人に対し解雇の意思表示をなしたこと。

以上の事実は当事者間に争いがない。

(二)  申請人は右解雇の意思表示は申請人の組合活動を理由とするもので、労働組合法第七条第一号に違反し無効であると主張し被申請人はこれを争い、申請人には会社の規律に違反し会社の信用にも重大な影響を与える行為があり、かつ平素の勤務も怠慢能率も悪いという事情があつたので会社就業規則第二十六条により懲戒解雇したものであつて、申請人の組合活動を理由としたものではないと主張する。よつて被申請人主張の解雇理由について検討しよう。

(1)  疎明によれば、昭和二十九年四月三十日会社は東上工業株式会社の運転手から車輌の修理の依頼を受け、部品を川崎市から取寄せた上車輌を修理することとしたが、その到着が遅れたため、定時の終業時迄に完了する見込がなかつたので、右運転手らは大事な荷物が積んであるとの理由で、同日中に完了せられたい旨の要求をなし、会社の修理部エンジン班長降旗守雄は柏崎三郎に残業を依頼しその諒承を得た。しかるにその場に居合わせていた申請人は右運転手らの面前で柏崎に対し「それは会社の手だ。残業なんかやるな。会社の命令に何でも従うから残業手当もあげてくれない」という趣旨のことを言つて柏崎に対して、会社の口実に乗せられ、軽々しく残業をしないように勧めた。以上の事実が認められる。

申請人はこの点について、柏崎に対しては同人が指に負傷していたので「無理をしない方がよい」と言つただけで残業を拒否させるような趣旨のことを言つていないし、また「それは会社の手だ」と言つたけれども、それは東上工業の運転手らが大事な荷物が積んであるからなど、言うのは仕事を早くして欲しいために東上工業が口実を設けたに過ぎない趣旨であるというけれども、右についての疎明は信用できない。

しかして、このように顧客の面前で作業しようとする従業員に対し注文の作業を拒否させるような趣旨の放言をすることは従業員として慎しむべきことであり、殊に被申請人会社のようなサービス業を主たる業務とする会社にあつてはなお更のことであるから、このことを問責するのは一応もつとものことである。

(2)  疎明によれば、申請人は昭和二十七年中頃から仕事に熱意を欠き、就業時間中他の従業員のところに行つて雜談し、降旗班長らから注意を受けていたこと、昭和二十八年十一月以降本件解雇に至るまでの間欠勤早退遅刻が多く欠勤も無届の場合があつた。しかして会社では、作業は組請負とし、昇給もその組の中堅幹部の裁定に基いてなしていたのであるが、申請人は昭和二十七年中頃からは四回も昇給に洩れていたこと、また残業についても積極的でなく、例えば台東タクシーの依頼によるエンジンの一部修理を命ぜられたところ、依頼主が修理を急ぎ、まつているのを知りながら、あと三十分位で出来上る仕事を定時の四時半頃映画サークルの試写会に出席のため、上司の降旗班長の諒解を受け残業せずに帰つてしまつたことが認められる。

以上の事実を綜合して考えると申請人の勤務状態、業務能率は低く評価されてもやむを得ないものと言わねばならない。尤も残業は必ずしも雇傭契約上の義務ではないと言えるかも知れないが、被申請人会社のようにサービス業務を営む会社は従業員の残業をある程度期待しなくては円滑な運営はできない関係から、残業に応ずることが通常の業務状態であることが疎明により認められるので残業に関し積極性を欠く従業員が勤務態度業務能率を低く評価されてもやむを得ないところである。なお、被申請人は会社が白井運送よりシチユードベーカーの修理を依頼せられた際、申請人はこの作業を引受け残業中途で作業をやめてしまつたことをも、申請人の勤務態度業務能率を低く評価させる理由に挙げているけれども、白井運送の依頼による前記作業がその日の中に完成する約束のものでなく、また申請人がその翌日も降旗班長と共同してなお半日を要していることが疎明によつて認められるので、申請人の残業の中止は業務能率を低く評価させる資料とすることはできない。

そこで、申請人の右のような行為態度に対して、会社としては企業の円滑な運営を図るため、何らかの処置を講ずる必要がないとはいえない。

しかしながら申請人の(1)の行為は前記のようにサービス業を主たる業務とする被申請人会社としては看過することのできないものであつても、会社がこれがために、その信用を害せられ正業に重大な影響を及ぼす程のものであるとは考えられずまた右は勧告の程度に止まり柏崎の残業を拒否させたわけでもないから、解雇をもつて懲戒しなければならない程の重大なものというのは相当でない。次に前記(2)の申請人の平素の勤務態度、業務能率も低く評価されてもやむを得ないものであるけれども、申請人が他の従業員に比し著しく低いものであることについての疎明も充分ではないから、これを以て解雇に値するものということができないし、以上の申請人の行為を併せ考えても就業規則に定められた他の手段をもつてしては懲戒の目的を達することができない程度の重大なものとは考えられない。

被申請人は申請人の勤務態度及び業務能率に関して、昭和二十八年四月二十五日申請人は事故をおこし始末書を提出し、今後精励する旨を誓つたにも拘らずその後の勤務怠慢であるというけれども、右の事故は夜飮酒の上修理中の車輌を無断運転し毀損したというものであつて、勤務態度、業務能率とは直接関係のない偶発事故であることが疎明によつて認められるのでこのことも考慮に入れても申請人を解雇することによつて懲戒の目的を達しようとしたという被申請人の意図は納得できない。

ところで疎明によると会社は前記(1)の申請人の行為を知つたのち直ちに五月三日(五月一日はメーデーにより五月二日は日曜日でいずれも休日)組合に対し申請人を懲戒解雇することについて協議を求め懲戒委員会の議を経て五月五日解雇の意思表示をなしたことが認められるので、右の申請人の行為が懲戒解雇の決定的理由があるように見えるけれども、さらに疎明によると当時組合に対して協議を求めるため会社の示した解雇理由は日曜日出勤、残業を拒否することを煽動し、仕事を怠けて不真面目であるということであつて、残業拒否煽動とは前記柏崎に対する行為を指すのであるが、日曜出勤拒否煽動とは、昭和二十九年四月二十五日組合の修理部常会が開かれ「日曜にもつと多数のものに出勤して貰いたいが、そのためにどうしたらよいか。」という会社の提案に対して討議がなされ、三分の二の多数をもつて日曜出勤の歩増を三割乃至五割増加すべきであるという決議がなされた際、一部組合員から「輪番制にしたらよい」との意見に対し申請人は「もつと歩増を増加すれば自然多数の者が出勤するようになる。」という意見を主唱した事実を指すものであることが認められる。

してみると申請人に対する本件解雇の理由の一端は、組合のブロツク常会における活動であることが明かである。しかして申請人の所属する組合は取締役を除いてすべて組合員とし従来活溌に活動していない組合であつたが、本件解雇当時組合長村上は資材課長書記三原は庶務係で、その他の執行委員は概ね班長ないしは班長次席という役付のものでひとり申請人が平工員であり、五月三日申請人の懲戒について意見を求められた後申請人を除く執行委員は懲罰委員会を構成して申請人の除名を決議し、翌日組合大会において除名案が一旦否決されながら直ちに別の懲罰理由のもとに除名案を上程し、強引に除名決議をしようとしたことが疎明によつて認められ、一方会社専務佐藤十郎も申請人が組合員のために映画サークルを主宰していることについて申請人を呼んで尋ねたりして申請人の行動に関心をもつていたことが疎明によつて認められるので、これらの事実と申請人が平工員でありながら副組合長であるという争いない事実を考え合わせると申請人を解雇するに至つたのはむしろ申請人の前記組合活動が決定的理由であることが推認できる。右の推定を左右することのできる資料はない。

しかして右の組合活動は正当なものであることは言うまでもないから、これを理由としてなされた本件解雇の意思表示は不当労働行為であり、したがつてこれを無効としなければならない。

三、右のように解雇が無効であるに拘らず、これが有効であることを前提として会社従業員たる地位を否定せられたままその無効確認を求める本案訴訟の判決確定を俟つことは、申請人にとり著しい損害を蒙らしめるものというべきであつて、右の解雇の意思表示の効力を停止することの仮処分命令を求める本件申請は理由があるから、これを許容し、申請費用の負担については敗訴の当事者の負担とし主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 綿引末男 三好達)

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